「マスクをつけられたモナリザ1(誰が正しいのかわからない)」と森村泰昌(大阪市のモリムラ@ミュージアム)

「マスクをつけられたモナリザ1(誰が正しいのかわからない)」と森村泰昌(大阪市のモリムラ@ミュージアム)

古今東西の著名人や名画の登場人物にふんしたセルフポートレート作品で知られる美術家の森村泰昌が、「新しい生活様式」をテーマにした展覧会「北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも」を開いている(12月20日まで)。コロナ下の日常に正面から向き合う狙いはどこにあるのか。森村に聞いた。

■滑稽な印象

かつて造船所でにぎわった街、大阪市の北加賀屋。森村の個人美術館「モリムラ@ミュージアム」の真っ白な壁の展示室に足を踏み入れると、まず「モナリザ」が目に入る。ダ・ヴィンチの名画の人物に森村自身がふんし、マスクを着けた「マスクをつけられたモナリザ1(誰が正しいのかわからない)」だ。マスクに書かれた「誰が正しいのかわからない」という文字がひときわ鮮烈だ。

その横ではフェースガードを着けた2体の石こう像が向き合ってせき込んでいる。間隔はおよそ3歩分。頭部の内側に仕込んだスピーカーから間欠的にせきの音声が流れ、飛沫のかからない安全な距離でリズミカルにせきをしあっているように見える。片方の石こう像は大声で叫んでいるような森村の表情をスキャンして制作されており、石こう像同士の微妙な距離感と大げさな表情が相まって滑稽な印象だ。

「展示作品の間隔はすべて2メートル。いわゆる社会的距離やマスク着用を展示に置き換えてみた。展示として眺めている風景は、ぼくたちが埋没している日常の風景でもある。展示という形で見るとおかしかったり滑稽だったり気持ち悪かったり、なんか変やな、と思われるんでしょうけど、その光景は、僕たちの日常が普通じゃないということと相似形です」

森村はゴッホの肖像画にふんした作品でデビューして以来、セルフポートレートの芸術家として名をはせている。マリリン・モンローや三島由紀夫、マネの名画「オランピア」などのセルフポートレートを通じて、ジェンダー観や人種差別、西洋中心主義などに疑念を差し挟んだ。

■異常さ伝える

今回のモナリザは1998年制作のセルフポートレート作品にマスクを付け加えたもの。他にモナリザの頭部と妊娠した女性の胴体を合成したヌードと、腹部に胎児をはらんだ解剖図に仕立てた作品とで計3点。いずれも98年の作品に透明なアクリル板を重ね、その上にマスクを描き込んだ。既存の作品に、コロナで一般化した「新しい生活様式」への疑念という意味をさらに重ね着した形だ。

「なにもトランプ大統領みたいに、マスクするなとか距離を空けるのは無意味とか言いたいわけではない。マスクはしないといけないけれど、『なんかこれって、異常なことだし、おかしいよね』ってことを忘れないでいたい。例えば世の中みんなが赤がきれいだと言っても、最初に自分が黄や白が好きだと思ったのなら、その感覚や感受性は重要だ。『おかしい』という感覚を持ち続けるのは、芸術作品を作る人間のお役目かなと思う」

展覧会の図録では「(今起きていることは)やがて来るさらに取り返しのつかない致命的な悲劇の予告なのではないか」と記し、危惧の念を表明した。

「あえて言うならば芸術の予言性ということになるんでしょうけど、それは結果論だし、そこまで大げさには考えていない。僕がやりたいのは問いかけだ。どうなん、と問いかけられたら誰でも何かは考える。バンクシーみたいにメッセージありきの作品は多様な意見は受け入れるものにならない。現実にはもっと複雑でいろんな意見がある」

(山本紗世)